それがしには、、拾何年付き合りてゐる大坂が朋輩、いるでござる。
拙者は江戸の都にて、かのおなごは、大坂にて奉公をばしてござったにてござるが、古、奇遇にも奉公先が修行にて出會いたであろう。
なれど、かのおなごであると出會りてより無料メル友は、よくぞしてござったにてござるが、會うこであると、左様な多ゐわけしからばござらん。
やはり、女人(にょにん)ゆえ電子手紙しからば色恋につゐてが話ばっやりなのだ、、あるでござる日、かのおなごよりが電子手紙にて、「想い人、にて参った」であると注進させ申した。
なれど、相手につゐて悩がにてよきるそうでござるかでござる。
かのおなごが悩みと云ふが、、相手は、思ゐ人をばこしらえるであるときには、色恋観をば大事にするでござるさながらにてござる、、かのおなごは、今まにてに色恋観につゐて存念たこであると、のうこざったがにて、聞かるてもなぞ答ゑらばよきとかわよりのうこざったさながらにてござる。
殿方とはいえ色恋観をば重要であると存念ておる輩、ゐるとかであるとたまげたにてござるが、世が中に御意ろんな輩、ゐるがにて、さふ申す輩、ゐてもおかしうないでござるよのう。
それがしが朋輩は、、今まにて、共にゐて愉快であるであると思ゑた輩であると付き合りてきたであると聞ゐておったがにて、そが想い人であるとは、如何ほどにも合うであるとは、思ゐませぬであった。
色恋観、己であると合りてゐるよりであると申して輩をば懸想するがしからばぬがにて、拙者はかのおなごに「そが彼であるとお手前は合うや魂配」であると言い申した。
江戸の都ならば、輩、多くても出會ゐと云ふもが、少ねえがにて、想い人等が前に逆援相手、おらぬであると始まりませぬ。
ござるが、己に合うた色恋をばするでござるべくは、彼の如く己に合うた色恋観をば持つ相手をば探すと云ふこであるとは、、彼も、最終的には、己、求めておる色恋、にてきると云ふこ等よしんばれませぬのう。